「初参加の3日間は、ほぼ地獄だった。」それでも、Startup Weekend に関わり続ける理由
Startup Weekend Kushiro
本番イベント
2026/6/19 (金) - 2026/6/21 (日)
Startup Weekend 釧路(以降、略称「SW釧路」)は、週末54時間でアイデアを形にする起業体験イベントだ。
1分間ピッチで仲間を集め、チームを組み、顧客の声を聞き、最終日にビジネスアイデアを発表する。
このイベントを「わくわくする場」と表現する人もいれば、「きっかけの場」と語る人もいる。
そんな中、今回インタビューしたのは田森 湧斗さん(通称・もやし)。一問一答で「SWを一言で」と振ると、彼はこう即答した。
「地獄」
……なかなかのパワーワードだ。
話を聞いていくと、その二文字には深い理由があった。そして今、彼は参加者としてだけでなく、教育の現場でもSWの考え方を活かしている。
地獄だった。しかし、続ける価値があった。
その矛盾をたどると、SWの真実の顔が見えてくる。
#1. SWを一言で表すなら「地獄」
佐々木:スタートアップウィークエンドを、一言で表すなら?
もやし:……地獄。
佐々木:強い(笑)ちょっと詳しく聞かせてもらいましょうか。
幕開けとしては、かなりインパクトのある答えだった。
けれど、その後の話を聞くと、この「地獄」は単なる悪口ではない。
何もわからないまま飛び込んだ人間が、本気で追い詰められた末に絞り出した、リアルな実感だったのだ。
#2. 初参加は「何もわからないまま」始まった
もやしさんが初めてSWに参加したのは、2024年の釧路開催。
それまでビジネス系のイベントに参加した経験は、一度もなかったという。
もやし:SWに限らず、そういうビジネス系のイベントって一回も出たことがなくて。本当に何もわからないまま飛び込んだんです。
佐々木:そもそも、なんで参加しようと思ったんですか?
もやし:小野寺さん(運営メンバー)に誘われたんですよ。「もやし、お前は出るよな?」って、ほぼ強制で(笑)。僕、当時から……というか今もなんですけど、めちゃくちゃフッ軽で。誘われたら行くタイプなんで、それでなんとなく参加した感じです。
そんな小野寺さんの記事はこちら
佐々木:下調べとかは?
もやし:ほぼしてないです。1分間ピッチがあるとか、チームを組むとか、行ってから「えっ、そういう感じなの」って知りました。先の展開なんて一切考えず、その場のノリだけでチームを組んでいった感じで。
佐々木:そのフッ軽さが、のちの地獄につながると(笑)。
もやし:そうなんですよ(笑)。今思えば、もうちょっと身構えてもよかったんですけど。
この「その場のノリだけで」というのが、初参加らしい。
SWの参加者の多くは、最初から完璧な準備をしているわけではない。
けれど、そこから先に待っているのは、ずっと濃く、重く、逃げ場のない54時間だった。
#3. チームは組んだ。でも、夜には一人になっていた
初参加の地獄を決定づけたのは、チームのアクション状況だった。
もやし:チームメンバーが、学生2人と自分1人。で、2日目に主婦の方が来て4人になったんですけど、学生は寮の門限があって夜には帰っちゃうし、主婦の方も家事があるから帰る。そうすると夜の時間、ほとんど一人ぼっちになっちゃってたんですよね。
佐々木:それは、たしかに地獄と感じても無理はないですね。
もやし:だいぶ地獄でした。チームが悪いわけじゃないんだけど、状況はかなり悪かったと思います。
このエピソードは、とてもリアルだ。
SWはチーム戦だが、現実には全員がずっと同じ温度・同じ時間で動けるわけではない。
参加スタイルは人それぞれだが、
ひとりで会場に取り残される時間が続くと、かなり辛い。
しかも、彼自身はチームリーダーではなかった。
「どこまで自分が口を出していいのか」が分からない。
何かしたいのに、勝手に動くのも違う気がする。 そんな、もどかしさがあったという。
(チームで写真撮影のタイミングで高専生は門限で帰ってしまい、一人で写真を撮る、もやし)
#4. 「何をやっていいのかわからない」が一番怖かった
もやし:今思うと、別に何だってできたと思うんですよ。でも当時は初参加だったし、「ルールがあるもの」だと思っていたんです。「何やってもいい」とは言われていても、「何をやるべきなのか」が本質的にわかってなかった。
佐々木:具体的には、どういう状態だったんですか?
もやし:たとえば「顧客に話を聞きに行け」って言われても、誰に、何を聞けばいいのか分からない。自由に動いていいはずなのに、その自由をどう使えばいいのかが分からなくて、結局その場で固まっちゃうんですよね。
この言葉は、とても重要だ。SWでは「No Talk, All Action」と言われる。
建物の外に出てとにかく動こう、聞きに行こう、試そう、と。けれども、はじめの一歩を踏み出すには勇気が要る。
正解がない。誰も細かく指示してくれない。なのに、時間は刻一刻と進む。この「自由であるがゆえの怖さ」が、初参加の彼にとって、それはかなり大きな怪物として立ちはだかっていた。
(StartupWeekendでは、お馴染みの言葉)
#5. ただ、ワナワナと震えていた
地獄のピークは、2日目の夜にやってきた。
メイン会場が閉館時刻となったため、特別に使わせてもらえたサブ会場で、彼は一人、パソコンの前に座っていた。
もやし:もう、何を作るんだっけ、何をすればいいんだろう、って呆然としてました。次の日には発表しなきゃいけないのに、アイデアも固まらないし、何も進んでないし。3日目の発表の温度感も分からない。とにかく怖かったです。
佐々木:今、当時の様子を思い出してきました。ワナワナと震えてた人がいるなって近づいたら、もやしくんだった。
もやし:そう、それ俺です(笑)。
SWの「楽しい」や「熱い」だけではない側面。
プレッシャーと不安と孤独が、一気に押し寄せる。そんな彼の転機は、この後すぐに訪れる。
#6. 夜中に起きたブ、レイクスルー
2日目の夜、その場に当時のファシリテーター(司会進行役)を務めていた、小林ひろみさんが現れ、壁打ちに付き合ってくれた。
更に、たまたま様子を見に来たオーガナイザー(運営係)もとい、本記事のインタビュアーである佐々木(ささこ)も加わった。
もやし:その時に、「もし、今ここでアイデア変えるんだったら、私がチームに入ってやらんこともない」って、ささこに言われたんですよ。
佐々木:……そ、そうでしたっけ?かなり上から目線な台詞にも聞こえる、自分の発言が(笑)
もやし:めちゃくちゃ鮮明に覚えてます。一言一句、これで合ってるはず。それくらい、衝撃的な体験だったので。
佐々木:「自分のアイデアが他にもあるなら、立ち止まらず、やらなきゃ勿体ない!」って思って、時間も無いから乱暴に決断を迫ったのかも……?たぶん、当時の私なりの優しさ!(笑)
この一言で、流れが変わった。
アイデアを変える。
チームに入ってもらう。
夜中の3時に、チームメンバーへ連絡を入れる。
それは、かなり勇気のいる決断だったはずだ。
もやし:正直、皆が「アイデアが変わるなら抜けます」って言う可能性もあると思ってて、めっちゃ怖かった。でも、もうやるしかないから。
結果、メンバーは快諾してくれた。ピボットしても、このチームで行こう、と。
そこからはもう、迷っている暇はなかった。
(メンバーが増え、作業テンポは急加速。)
#7. 「やらなきゃ死ぬ」で動いた
佐々木:翌朝から、どんな変化がありました?
もやし:やらなきゃ死ぬ、って感じでした。もう追い詰められて、初めて動いた感じですね。
この表現は大げさに聞こえるかもしれない。
でも、本人の中ではそれくらい切迫していたのだろう。
発表できないこと、まとまらないこと、準備不足で本番を迎えること。
それが耐えられなかった。
SWは「失敗してもいい場」だと言われる。
それはもちろん正しい。
けれど、本人にとってはそう簡単ではないこともある。
プライドもあるし、責任感もあるし、初めての場ならなおさらだ。
彼にとって、あの時のSWは“失敗しても大丈夫な場”というより、“失敗したら死ぬくらい怖い場”だった。
(頼れる知人にも電話し、協力を仰いだ。)
#8. 発表が終わった瞬間、膝から崩れ落ちた
そして、何とか最終発表まで辿り着いた。
もやし:発表が終わった瞬間に、膝から崩れ落ちましたね。ストレスのバネがずっと縮んでて、それが一気にパーンって解放された感じで。
佐々木:それが1番、印象に残ってる瞬間だった?
もやし:そう。だから印象に残ってる瞬間は、達成した時じゃなくて、発表が終わった瞬間なんです。
達成感というより、解放。やり切ったというより、生き延びた。
そんな感覚だったのかもしれない。
(発表中の姿。緊張で顔がこわばっている。)
#9. それでも続けているのは、考え方が変わったから
では、なぜそんな地獄を経験しても、今もSWに関わり続けているのか。
答えは、初参加後に起きた「考え方の変化」にあった。
佐々木:SW参加後、なにか心境の変化はあった?
もやし:いくつもありますが、行動の考え方でいうと、「まずアクションを起こす」というのを念頭に置くようになりました。これまでも、机上でアイデアを話し合うだけの場はたくさんありました授業などもそうです。
もやし:その中で、「今どこに動けるだろうか」を常に考えながら進めるようになりました。
佐々木:具体的には、どんな場面で?
もやし:何のデータを持っていけば説得力が上がるだろうか、とか。ピッチの型を学んだおかげで、何が必要な要素かが見えやすくなった気がします。どういうアンケートを取ればいいか、その先のアクションを前提に置いた上で議論することを意識するようになりました。
佐々木:その変化、めちゃくちゃ大きいですね。アクションを見据える、という部分は特に。
これは、SWで得たものとしては、相当に大きい。
単に勉強になった、人脈が生まれた、という話には留まらない。
彼の物事の進め方、そのものが変わった。
机上の議論から、アクション前提の議論へ。
感覚から、検証と説得のある考え方へ。
それは、教育の現場でも、仕事でも、そのまま活きていくものだ。
#10. 今は高専の先生として、「起業家精神」を教える側に
彼の今現在の肩書きは、釧路高専の先生。 担当しているのは、情報工学系の分野で、論理回路やプログラミング、データサイエンス、卒業研究のゼミなどにも関わっている。
そして、もう一つ特徴的なのが、アントレプレナーシップ部の顧問をしていることだ。
佐々木:とっても快活な学生さんたちが所属してる部活動、というイメージがあります!
もやし:その通りですね。アントレプレナーシップは「起業家精神」。起業するためのマインドセットや考え方を学ぼう、という部活です。起業家精神って、別に起業する時だけじゃなくて、普段の行動とか考え方にも役立つと思うんです。それを学ぶ場として、学生たちと一緒にやっています。SWに出るのも活動の一つだし、いろんなビジコンに応募したり、ペンギンファーム開催のワドルピッチ(定期的なピッチ会)に出たりもしています。
かつて自分がSWで学んだ「動くこと」「伝えること」「考え方の型」が、今は釧路の高専生へと伝授されている。
しかも、座学だけではなく、実際に街へ出て、実行している。All actionを体現した部活動だ。
(釧路で開催された、ピッチイベントの様子)
#11. もともと教育には興味があった
彼が高専の先生になった背景には、釧路高専出身であることに加え、教育自体への想いがあった。
もやし:もともと教育はやりたかったんです。プログラミング教室の先生もやっていたし、学生時代は塾講師のバイトもしていた。小学生の頃は教師になりたいと思っていたこともあって。ただ、一般的な教師の働き方の話を見て、ちょっと諦めていたところもありました。
佐々木:そうだったんですね。一度は諦めかけた教師の道へと進んだのは、なぜ?
もやし:きっかけは二つあって、一つは、当時いた会社の状況が変わったこと。もう一つは、ちょうどそのタイミングで、元の研究室の先生から「人が足りないから来ないか」と声をかけてもらったことですね。最初は非常勤から始まって、そこから常勤に、という流れでした。
佐々木:そんな経緯があったとは……。
もやし:教育って、結局アクティブに何でもやらないとできないんだろうなと思ったら、どうでもよくなったというか。それなら、全部動いた方が楽しいなって。
彼曰く、教師を諦めかけた理由「やりたい教育だけをやれる場所でないと嫌だ」という感覚も、SWを通じて変わったという。
動きながら考える。完璧じゃなくても、まずやってみる。その感覚が、彼の高専教員としてのスタンスの基盤になっているのかもしれない。
#12. そして今度は、自分が背中を押す側へ
オーガナイザー(運営)を、担当し始めてからのエピソードもお聞きした。
ある回で、アイデアを出してリーダーになった参加者が、その重圧に耐えきれなくなってしまったことがあったという。
もやし:釧路SW第4回の時ですね。自分でアイデアを出して、リーダーになった子がいて。でも、リーダーの重圧に加えて、コーチ陣からのアドバイスも整理しきれず、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまい、辛くなって泣き出してしまって。
佐々木:しばらく見守った上で、どう声をかけるかが難しい場面でしたよね。
もやし:その子、ボルダリングが趣味だったんですよ。だから「運動して発散してこい」って話になって、一緒にボルダリングに行って、いろいろ話をしながら、背中を押した回がありました。
佐々木:一緒に壁を登って、背中を押すのは、だいぶ珍しいケースですね!
もやし:彼女にボルダリングのバックボーンがあったからなんですけど。結果、なんだかんだ、最終発表までポジティブに走りきれていて、良かったなと思いました。
佐々木:運営のあるべき姿ですよね。「代わりにやってやるぜ」じゃない、正しい背中の押し方、距離感というか。
もやし:その時はそれが一番よかったんですよね。そして、今は自分がボルダリングにハマってます(笑)。
このエピソードは、 “代わりにやる”のではなく、その人がまた走れるようにする。再現性、持続性といった、運営の肝となる考え方だ。
困っている時に、適切な方法で背中を押す。
絶対的な正解は存在しない。
その人にとっていま、必要な形が正解になる。
そして、面白いのは、背中を押したはずのもやし自身が、その経験をきっかけにボルダリングにハマってしまったことだ。押したつもりが、押し返されていた。SWで何度も語られる「影響し合う」という関係が、ここに表れている。
(更なる険しい壁へ、彼は挑み続けている)
#13. 参加を迷っている人へ——「やりたいことを見つける場として来ればいい」
佐々木:参加しようか迷ってる人がいたら、どんな風に声をかけますか?
もやし:いや、まず「何をされたい方なの?」って聞きたいんですけど(笑)。
佐々木:ちょっと雑に聞き過ぎました!(笑) じゃあ、「なんか新しいことをやってみたいけど、これといったアイデアはまだ持っていない」という釧路高専の1年生が訪ねてきたと仮定しましょう。
もやし:それなら「自分のやりたいことを見つける」という心持ちで、一回参加してみたらいいんじゃない、って言いますね。
「アイデアがないなら来るな」でもないし、「何でもいいから来い」でもない。
“見つける場として来る”
そのスタンスだから、入りやすい。
SWは、完成された人のための場ではない。曖昧でもいい。
ただ、その曖昧さを少しずつ言葉にしたり、誰かと話したりする中で、自分の輪郭が見えてくることがある。彼自身、そういう変化を経験してきたのだろう。
#14. 運営を迷っている人へ——「僕と一緒にイベント作らない?」
次なる運営、オーガナイザー候補へのメッセージも頂戴した。
佐々木:運営をやってみようかと迷ってる人がいたとして。「ぜひ運営メンバーに入ってほしいな」という相手を、どう口説きます?
もやし:「逆に僕と一緒にイベント作らないんですか? 」って言いますね。
運営って、責任とか大変さばかりが先に見える。
でも本当は、誰かと一緒にイベントを作るという、かなり面白い体験でもある。
だからこそ、ただ「やってみな」と背中を押すだけではなく、「一緒にやろうよ」と言えるのだ。
編集後記
今回のインタビューで印象的だったのは、もやしさんが最初にStartup Weekendを「地獄」と言い切ったことだった。
でも、それは否定ではなかった。何も分からぬまま放り込まれ、怖くて、孤独で、追い詰められて、それでも何とか最後まで続けた。
その経験があるから、今の言葉には重みがある。
そして、地獄をくぐり抜けた人が、今は学生に起業家精神を教えたり、参加者の背中を押している。苦しかった経験が、そのまま次の誰かを支える材料になっている。これもまた、SWらしい循環だと思う。
楽しいだけじゃない。しんどいこともある。
でも、そのしんどさを通った人だけが見える景色もある。
最初に放たれた「地獄」の二文字は、その景色を見た人だけが言える、正直で的確な言葉だった。
Profile
田森 湧斗(たもり ゆうと)
通称:もやし 釧路高専出身。現在は釧路高専で情報工学分野を担当する教員。論理回路やプログラミング、卒業研究の指導などに関わるほか、アントレプレナーシップ部の顧問も務める。Startup Weekend釧路への参加をきっかけに、行動の考え方や人との関わり方が大きく変化。現在は運営や地域の活動にも深く関わりながら、研究・教育活動に取り組んでいる。
Event Guide
Startup Weekend 釧路に参加するなら
プレイベントではアイデア作りの雰囲気を体験でき、本番イベントでは3日間でアイデアを形にする挑戦に参加できます。
プレイベント
終了しましたプレイベント
2026/5/16 (土)
6月開催の Startup Weekend 釧路に向けて、アイデア作りを楽しく体験できる導入イベントです。
- 全国で実践されている Startup Weekend 流のアイデア作りを体験できます。
- アイデア創出ワークショップで、仲間と一緒に発想を広げられます。
- 講師は NPO法人 StartupWeekend 理事の中本 卓利さんです。
まず雰囲気を知りたい方向け
このイベントの申込受付は終了しました。
本番イベント
本番イベント
2026/6/19 (金) - 2026/6/21 (日)
3日間でアイデアを形にしていく、Startup Weekend 釧路の本番イベントです。
- 初日のピッチから始まり、共感した仲間とチームを組んで最終日に発表します。
- 会場はペンギンファーム(釧路市北大通三丁目7番3号)です。
- 3日間参加の方には五食と飲料が付き、途中参加・途中退出にも対応しています。
本気で3日間やり切りたい方向け
本番イベントに申し込む